幕末を震撼させた新撰組の筆頭局長、芹澤鴨は、行方市芹沢の出身であり、芹澤を含む、常陸平氏大掾氏一門である芹澤氏の旧宅。
 芹澤は、水戸天狗堂の出身で、同志の新見錦・平山五郎・平間重助・野口健司とともに文久3年2月、幕府浪士組に参加しています。その後、浪士組の清河八郎と袂を分かち、近藤勇・土方歳三らとともに京に残留します。3月12日夜に会津藩御預かりが決定し、壬生浪士組を結成。近藤とともに局長になります。一説には近藤よりも上位の巨魁隊長と称していたといいます。
 しかし、近藤派との対立が目立つようになり、その1ヵ月後の9月18日の夜、屯所としていた八木邸で妾お梅・平山五郎とともに近藤派の土方歳三や沖田総司らによって斬殺されます。38歳でした。
 色白で背が高く恰幅のいい人物でした。常に「尽忠報国之士芹澤鴨」と刻んだ鉄扇を携えており、剣は、神道無念流の戸ヶ崎熊太郎師事し、免許皆伝・師範役の腕前でした。居合いでも免許皆伝の域に達していたといいます。
 芹澤については、豪胆で粗暴な性格のことなどが多く伝えられているが、屯所として借りていた八木家の子供がなくなった時、葬儀において、近藤と共に受付や片づけなどを手伝っており、義理堅い性格であったこともうかがえます。
 

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